感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版)
Guidelines for the Prevention and Treatment of Infective Endocarditis(JCS 2008)
 
 
3 感染性塞栓症
①疣腫に対する手術適応

 心エコー図上の疣腫の特徴から,塞栓症のリスクを予測することは極めて難しく,塞栓症予防のための手術適応に関してはいまだ明確ではない.現在までの研究で,10㎜以上の疣腫が10㎜以下よりも,僧帽弁位の疣腫が大動脈弁位よりも,僧帽弁位でも前尖に付着している疣腫が後尖よりも塞栓症の発生率が高いとされている.原因菌に関してはブドウ球菌や真菌感染症では疣腫のサイズとは無関係に塞栓症の頻度が高い.疣腫の数,感染弁の数,疣腫の性状(やわらかさ)により塞栓症が予測されるという報告もあるが,疣腫の可動性は塞栓症には無関係とするものもある.塞栓イベントの時期は,治療開始後2~ 4週に多いとされ,抗菌薬が有効な原因菌であれば,その後劇的に減少する.晩期塞栓のピークは診断後15~ 30週にみられ,非治癒性疣腫がこれに関与すると考えられている.いずれにしても,疣腫のサイズが増大する場合はそうでないものに比し,イベント発生率が2 倍以上になる.しかし,周術期合併症との比較において,塞栓症のリスクを検証したデータがなく,以上のような疣腫の特徴から塞栓予防のための弁置換術を即断することは困難である.疣腫に対する最も説得力のある手術適応は,感染早期に可動性を有する10㎜以上の大きな疣腫が増大傾向を示す場合と,塞栓症発症後も継続して観察される場合である.その際,原因菌がブドウ球菌や真菌である場合と疣腫が僧帽弁前尖にみられる場合は,塞栓症のリスクがより強く予測されるため,手術を考慮してよい.

②脳合併症患者における手術適応

 本症では初回の塞栓症合併患者の過半数に再発のリスクがあるとされ,そのため初回イベント後の外科治療が早くから推奨されてきた.しかしながら脳出血の際は言うまでもなく,脳塞栓症でも体外循環によって二次的に頭蓋内出血を来すことが知られ,往々にして手術の延期を余儀なくされる.その結果,手術待機中に発症するリスクとの間にジレンマが生じる.わが国の多施設共同研究の結果は,脳塞栓発症24時間以内の手術例では脳合併症の増悪が45.5%と高率であり,以後,時間とともに低下し4週間以降では2.3%であった.しかし,一方では発症早期に行われた手術の予後がより良好であったとする,相反する報告もみられる.最近の研究では,脳塞栓発症後4~ 66時間に手術された例のうち,脳出血を合併したのはわずか4%であったのに対し,81~ 189時間の手術では20%に,また9~ 31日の手術では44.4%に術後脳出血が発生したという.そして,塞栓症から数日間遅れて血液脳関門の障害が進行するため,この時期に最も出血を来しやすいという病態生理を根拠として,出血を伴わない初回脳塞栓発症では,むしろ極く早期の手術を推奨している.(図3)

 以上のように,脳塞栓症を合併した患者において救命のための手術が必要とされるとき,手術の至適時期に関して全く異なる見解があり,いまだ明確な指針を示すことができない.とりあえず現時点では,個々の患者の重症度に応じて手術を決断せざるを得ず,待機することが致命的となる重篤な心不全患者は,脳合併症早期の手術も許容されるであろう.

③感染性動脈瘤の治療

 本症の急性期に,塞栓子による感染性動脈炎が感染性動脈瘤を形成することがある.旧来その発生頻度は5%以下と極めて少なく報告されてきたが,診断機器の飛躍的な進歩によって,今日でははるかに高率に発見される.マルチスライスCTでは数ミリの瘤が描出され,またMRI では血栓化した瘤を確認できる.さらにMRA 検査を行うと,周囲に点状あるいは斑状出血を伴うものや髄膜炎様所見を呈するものがあり,多様かつ複雑な局所の病態が明らかになりつつある.これに対し,感染性動脈瘤の治療に関しては不明な点が多い.抗菌薬治療が有効であると瘤は徐々に縮小して治癒傾向をとるが,一旦破裂すると極めて重篤である.しかし,破裂を予防するための手術適応は明らかでない.少なくともある程度のサイズの瘤が,さらに拡大する場合は切除術を試みるべきである.この際,脳外科手術に伴う神経障害等のリスクを,個々の患者について理解しなければならない.
図3 脳合併症を起こした場合の治療
注)重篤な心不全などで緊急手術が必要な例では、対応可能な施設においては
  脳梗塞発症72時間以内の手術を考慮する。
神経症状を伴う
活動性感染性
心内膜炎
脳梗塞
所見なし
頭部CT検査脳内出血
2~3週間観察
脳血管造影
動脈瘤破裂
出血を伴う梗塞4週間観察
2~3週間観察
脳外科手術
(クリッピング
または動脈瘤切除)
髄膜炎疑い腰椎穿刺
髄液検査陽性
TIA 疑い遅滞なく弁膜手術
弁膜手術

Ⅴ 外科的治療 > 1  外科治療の適応と手術時期 > 3 感染性塞栓症

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