感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版)
Guidelines for the Prevention and Treatment of Infective Endocarditis(JCS 2008)
 
 
1 歯,口腔,呼吸器,食道の手技・処置に対する予防法
 ハイリスク群の患者では,口腔を衛生的に保つ必要がある.そのためには,歯科治療の前やスケーリングなどの口腔内の処置を実施する前に,炎症を抑えるために口腔内の洗浄を実施すること,定期的に歯科医のケアを受けることが必要である.手動または電動歯ブラシ,糸ようじ,その他の歯垢除去用具などの使用も適切な指導のもとに行う必要がある.乱暴なブラッシングは歯肉や歯周を傷つけることになり,菌血症の誘因となるからである.歯科手技を必要とする病態を有していると,感染性心内膜炎が高頻度にみられるという可能性も考慮しなくてはならない.特にわが国では,歯周炎を放置している事例が多く,ハイリスク患者を診察する循環器内科医は,患者の口腔内の状態にも気を配り,適切な治療を実施すべく歯科医に紹介すべきである(表14).

 歯科手技・処置の直前に塩酸クロルヘキシジンやポビドンヨードなどの口腔消毒薬を使用すると,菌血症の発症率やその程度が抑制されるといわれている.わが国で使用できる口腔洗浄液はポビドンヨードガーグルである.15~30倍に希釈したポビドンヨードガーグル15 mlを用いて,歯科処置の約30秒前に,リスクのある患者全例に軽く口腔洗浄させる.また,口腔洗浄をやり過ぎると,耐性菌を誘発するという.

 ハイリスク患者に,菌血症を誘発しうる歯科の手技・処置を実施する場合には,抗菌薬の予防投与が推奨されている.一般に,抗菌薬の予防投与をすべき手技は,多量の出血を伴う処置であり,抜歯,歯周手術,スケーリング,インプラントの植え込み,歯根管に対するピンなどの植え込みなどである.基本的に出血を伴ったり,根尖を超えるような大きな侵襲を伴うものでは抗菌薬の予防投与が勧められるという認識でよい.一方,2007年に改訂されたAHA のガイドラインでは,抗菌薬の予防投与は費用対効果バランスからみて必ずしも優れているわけでもなく,また必ずしも科学的根拠があるものでもなく,その対象も限定すべきであるとしている.実際に歯科処置による菌血症以外に,日常的に菌血症は高頻度に生じていることもその裏づけとされている.

 扁桃摘出術やアデノイド摘出術には抗菌薬の予防投与が必要である.手技・処置後4時間以上経てから抗菌薬を投与しても,予防効果はおそらくない.

 標的となる原因菌が患者の年齢や歯周炎の状態により異なっていることが指摘されており,一律な抗菌薬の予防投与は,考慮すべき問題かもしれないが,予防法の普及という意味合いでは,一律投与の意味があると思われる.

 歯,口腔に対する手技・処置などの後に発症する感染性心内膜炎の原因菌として最も多いのはStreptococcus viridansである.予防は,特にStreptococcus viridans に対して行うべきである.

 米国のガイドラインでは,抗菌薬の選択と投与量について臨床効果については十分な根拠はないものの,血中濃度,菌血症の頻度という視点から推奨し,50年以上の歴史を築いてきた.以下はこの予防法に準拠したものである.米国のガイドラインの標準的予防法は,アモキシシリンの単回経口投与である.アモキシシリン,アンピシリン,ペニシリンV のα型溶血性連鎖球菌に対するin vitro の効果は同等であるが,アモキシシリンが消化管からの吸収がより良好で,より高い血中濃度が達成され,より長く維持される.このためアモキシシリンが推奨される.成人用量はアモキシシリン2.0 g(小児用量は50 mg/kg で成人用量を超えない用量)で,処置予定の一時間前に投与する.健常人30名の単回投与の血中濃度を調べた米国の研究は,この投与法により,投与後1時間から6時間まで薬剤の血中濃度が,感染性心内膜炎を引き起こすほとんどの口腔内連鎖球菌の最小発育阻止濃度の数倍以上に維持されることを示した.処置が6時間以内に終了すれば,追加投与の必要はない.2.0 gという投与量が,わが国では高用量過ぎる可能性がある.投与量の根拠となる研究の対象の平均体重は70 kg であり,血中濃度が体重と大きく関連していた事実もあるので,わが国においては必ずしも2.0 g が必要量ではないと思われるので,体重の少ない女性では,1.0~1.5 g という投与量の選択も十分に理解できるところである.成人では,体重あたり30 mg/kg でも十分ではないかということも言われている.

 日本化学療法学会口腔外科委員会では,アモキシシリン大量投与による下痢の可能性,およびアンピシリン2g点滴静注とアモキシシリン500 mg 経口投与で抜歯後の血液培養陽性率がともに約20%程度で大差なかった,という論文を踏まえて,リスクの少ない患者に対しては,アモキシシリン500 mg 経口投与を提唱している.また米国のガイドラインにあるセファレキシン,セファドロキシルは近年MIC が上昇しているとの判断で省いている.

 米国のAHA ガイドラインも十分に科学的根拠があるものではなく,2007年にその予防対象が大幅に変更されたくらいである.このように抗菌薬による予防は,科学的根拠に基づくというよりも,いかに医療従事者あるいは対象となる患者に疾患について周知普及させるかということに重点が置かれるべきであると考える.

 よって,一律の投与量を設定することが,疾患の知識の普及に有用であるという当ガイドライン委員会の考え方に変更はない.今回のガイドラインでも,2.0 g という数字のみを表に掲載し,投与量の調節については主治医の裁量を認める形で付記をつけることにした.わが国では,欧米の2.0 g の単回投与と薬力学的に同等になるような投与法についての十分なデータはない.経口投与が不可能な患者では,アンピシリンナトリウムが推奨される.

 ペニシリン(アモキシシリン,アンピシリン,ペニシリンなど)にアレルギーのある患者には別の経口抗菌薬を使用する.クリンダマイシンはその1 つである.第1世代セファロスポリン(セファレキシンまたはセファドロキシル)に耐えられる患者では,ペニシリンに対する局所の,または全身のlgEによる即時型アナフィラキシー反応の既往がない限り,これらの薬剤を投与してもよい.

 ペニシリンアレルギー患者に非経口投与が必要な場合には,クリンダマイシンが推奨される.また,患者がペニシリンに対して全身または局所の即時型アナフィラキシーを示さない場合には,セファゾリンが投与できる.以上をまとめ,表15 に示した.
表14 ハイリスク患者における歯科における予防法
表15 歯科,口腔手技,処置に対する抗菌薬による予防法
注1)体格,体重に応じて減量可能である(成人では,体重あたり30 mg/kgでも十分と言われている).
注2)日本化学療法学会では,アモキシシリン大量投与による下痢の可能性を踏まえて,リスクの少ない患者に対しては,アモキシ
       シリン500 mg経口投与を提唱している(本文参照)
注3)セファレキシン,セファドロキシルは近年MIC が上昇していることに留意すべきである.(本文参照)
口腔内洗浄の推奨
定期的な歯科受診
電動歯ブラシを含めた正しい口腔内ケアの指導
対   象抗  菌  薬投  与  方  法
経口投与可能アモキシシリン
成人:2.0 g(注1)を処置1 時間前に経口投与(注1,2)
小児:50 mg/kgを処置1 時間前に経口投与
経口投与不能アンピシリン
成人:2.0 g を処置前30 分以内に筋注あるいは静注
小児:50 mg/kgを処置前30 分以内に筋注あるいは静注
ペニシリンアレルギー
を有する場合
クリンダマイシン
成人:600 mg を処置1 時間前に経口投与
小児:20 mg/kgを処置1 時間前に経口投与
セファレキシンあるいはセファドロキシル
(注3)
成人:2.0 g を処置1 時間前に経口投与
小児:50 mg/kgを処置1 時間前に経口投与
アジスロマイシンあるいは
クラリスロマイシン
成人:500 mg を処置1 時間前に経口投与
小児:15 mg/kgを処置1 時間前に経口投与
ペニシリンアレルギー
を有して経口投与不能
クリンダマイシン
成人:600 mg を処置30 分以内に静注
小児:20 mg/kgを処置30 分以内に静注
セファゾリン
成人:1.0 g を処置30 分以内に筋注あるいは静注
小児:25 mg/kgを処置30 分以内に筋注あるいは静注

Ⅵ 予 防 > 3 予防法 > 1 歯,口腔,呼吸器,食道の手技・処置に対する予防法

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