感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版)
Guidelines for the Prevention and Treatment of Infective Endocarditis(JCS 2008)
 
 
1 ハイリスク群
 心疾患のなかには,より心内膜炎を起こしやすいものがある.最近の調査では,僧帽弁逸脱ではオッズ比19.4倍,先天性心疾患6.7倍, 弁膜症手術74.6倍と報告されている.また,基礎心疾患をもつ患者に心内膜炎が発症する場合の重症度とその後の障害はさまざまである.一般人より心内膜炎リスクが高い患者はハイリスク群としての認識が必要である.米国のガイドラインでは,ハイリスク患者の中でも特に心内膜感染症が生じた場合,合併症が生じやすく,死亡率が高いような心疾患を,ほかのハイリスク患者とは区別して取り扱っている.米国のガイドラインの2007年の改訂では,このより重症化しやすいハイリスク患者に限って,抗菌薬の予防投与をすべきとした.

 しかし,わが国のガイドラインでは,感染性心内膜炎になりやすい基礎疾患(ハイリスク群)すべてに対して,抗菌薬の予防投与を推奨する.ClassⅠとⅡaに分けたが,これは,AHA のガイドラインの変更を意識したものであり,感染性心内膜炎に罹患しやすい基礎疾患にはあまねく予防的抗菌薬投与を行うという姿勢に変更はない.これは,わが国では,抗菌薬の予防投与を通じて,感染性心内膜炎に対する注意を喚起するという副次的な意味があるからである.表11 に,抗菌薬による予防を推奨する心疾患を示す.敢えて予防をする必要がないとされているものには,①心房中隔欠損症(二次口型),②心室中隔欠損症・動脈管開存症・心房中隔欠損症根治術後6ヶ月以上経過した残存短絡がないもの,③冠動脈バイパス術後,④逆流のない僧帽弁逸脱,⑤生理的あるいは機能的心雑音,⑥弁機能不全を伴わない川崎病の既往,⑦弁機能不全を伴わないリウマチ熱の既往がある.わが国のアンケート結果からもペースメーカリードや,カテーテルに付着した感染性疣腫による感染性心内膜炎が少なからず存在することが明らかとなりつつあるので,この点については,十分な配慮が必要である.

①人工弁置換患者と感染性心内膜炎の既往を有する患者

 人工弁置換患者は例外なく,適切な予防と患者に対する教育を行うべきである.感染性心内膜炎の既往を有する患者は,再発の頻度も高く,また再発した場合には合併症を起こす可能性も高い.人工弁置換患者の感染性心内膜炎に関する最近の多国多施設の調査は,556例中203例(36.5%)がhealth care-associated infective endocarditisであったと報告している.

②先天性心疾患

 心房中隔欠損症(二次口型)を除いてほとんどの先天性心疾患が感染性心内膜炎のハイリスク群となる.動脈管開存症,心室中隔欠損症,大動脈縮窄症などである.心房中隔欠損症(一次口型)は,僧帽弁閉鎖不全症の合併などを有する場合が多く,ハイリスク群とすべきである.先天性心疾患は右心系の感染性心内膜炎を起こすことが多い.後述の小児領域における特殊性の項目も参照し,ハイリスク群を考えるべきである.

 大動脈二尖弁は,狭窄症がなくても,軽度の偏心性の逆流を有する場合には,理論的に感染性心内膜炎のハイリスク群と考えるべきである.大動脈二尖弁は人口の0.5~ 1.0%に存在するとされ,また感染性心内膜炎患者の約20%程度が大動脈二尖弁であるという報告が多く,この疾患の感染性心内膜炎に対するリスクは重大である.

③後天性弁膜症

 わが国のアンケート調査や別の調査からも,自己弁の感染性心内膜炎を来した場合には,その基礎心疾患として弁膜症が最も多いことが明らかである.ただし,この基礎心疾患の社会における正確な有病率が不明であるので,先天性心疾患よりも弁膜症の方がより感染性心内膜炎になりやすいということを結論することはできない.以前は,弁膜症というとリウマチ性弁膜症を指していたが,近年のリウマチ性弁膜症の激減により,他の弁膜症が多く占めるようになった.

 感染性心内膜炎が大動脈弁位に起こりやすいか,僧帽弁位に起こりやすいか,ということに関しては明確な解答はないので,血行動態に影響を与えるような有意な弁膜症はあまねくハイリスク群とすべきである.

④僧帽弁逸脱症

 僧帽弁逸脱症を別項目としてとりあげたのは,感染性心内膜炎の基礎心疾患で最も多いのは僧帽弁逸脱であるとの報告があるにもかかわらず,極めて軽症な僧帽弁逸脱から血行動態に影響を及ぼすような僧帽弁逆流を有する僧帽弁逸脱症までが,僧帽弁逸脱として一括して総称され,臨床の現場で取り扱われているからである.

 心エコー図などで偶然発見される軽い逸脱は,弁の肥厚,逆流を伴っていない場合が多い.弁尖の閉鎖部位のみに診断基準を置いて診断された僧帽弁逸脱症の自然歴は良好で,逸脱を有しない例と変わらない.基本的には,僧帽弁逆流がなければ,感染性心内膜炎のハイリスク群にはなりえない.しかし,最近の心エコー診断装置が有する高感度のカラードプラ法により検出される程度のわずかな僧帽弁逆流は臨床的には意義は少ないと考えられるが,逸脱に伴う偏心性の壁面を伝うような逆流は,感染性心内膜炎に対してハイリスクとなる可能性がある.一方,運動により逆流が出現することが感染性心内膜炎のリスクになるかは明らかにされていない.よって,心雑音も聴取できないような,わずかな逆流しか有しない僧帽弁逸脱症をハイリスク群とするには疑問が残る.

⑤肥大型心筋症

 非閉塞性肥大型心筋症は,感染性心内膜炎のハイリスクとは言えないが,閉塞性肥大型心筋症は,感染性心内膜炎のハイリスク群と認識すべきであると言われている.

⑥中心静脈カテーテル留置患者

 近年,中心静脈カテーテル留置の在宅患者が増加してきた.また,入院患者でも長期にわたりカテーテルが留置されていることが稀でなくなってきている.わが国のアンケート調査でもカテーテル留置患者の感染性心内膜炎が多く報告されている.よってこのような患者では,たとえ心疾患がなくても,カテーテル留置されている限りはハイリスク患者であるという認識が必要である.血流感染による感染性心内膜炎はますますこれから大きな問題となるであろう.このことに関しては後述する.
表11  歯口科手技に際して感染性心内膜炎の予防のための抗菌薬投与
 従来のAHA のガイドラインは,感染性心内膜炎の予防が必
要な患者を,この表のⅠとⅡに該当するものとしていたが,
2007年の改定で,この表のⅠに該当するもののみに限定した.
しかし,当ガイドラインでは,従来どおり感染性心内膜炎にな
りやすい患者すべてに予防を推奨する.
ClassⅠ
特に重篤な感染性心内膜炎を引き起こす可能性が高い心疾患
で,予防すべき患者
•生体弁,同種弁を含む人工弁置換患者
•感染性心内膜炎の既往を有する患者
•複雑性チアノーゼ性先天性心疾患(単心室,完全大血管
転位,ファロー四徴症)
•体循環系と肺循環系の短絡造設術を実施した患者
ClassⅡa
感染性心内膜炎を引き起こす可能性が高く予防したほうがよ
いと考えられる患者
•ほとんどの先天性心疾患
•後天性弁膜症(詳細は本文)
•閉塞性肥大型心筋症
•弁逆流を伴う僧帽弁逸脱
ClassⅡb
感染性心内膜炎を引き起こす可能性が必ずしも高いことは証
明されていないが,予防を行う妥当性を否定できない
•人工ペースメーカあるいはICD 植え込み患者
•長期にわたる中心静脈カテーテル留置患者

Ⅵ 予 防 > 1 どのような患者が感染性心内膜炎になりやすいか > 1 ハイリスク群

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