感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版)
Guidelines for the Prevention and Treatment of Infective Endocarditis(JCS 2008)
 
 
1 治療方針(図2)
 感染性心内膜炎の治療において重要な点は,心内膜・弁に形成された疣腫から原因となった病原微生物を死滅させることである(表3).疣腫には血流が乏しく,貪食細胞の影響を受けにくいことから,疣腫内の菌を殺菌するには十分な抗菌薬の血中濃度が必要で,かつ投与も長期間となる.

 治療薬の選択にあたっては原因菌が判明しているかどうかが非常に重要であり,血液培養検査の意義は大きい.菌が分離されたなら必ず感受性試験を行い,最少発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration,MIC)を測定する.

 また抗菌薬は高用量・長期間投与となるため,可能な薬剤については血中濃度のモニタリング(therapeutic drug monitoring,TDM)を行い適切な投与計画を立てる(バンコマイシン,テイコプラニン,アミノグリコシド系薬)
図2 感染性心内膜炎の抗菌薬治療
表3 内科的治療における留意点
表4 抗菌薬の選択-原因菌が判明している場合(自己弁)
表7 エンピリック治療の留意点
標的治療
培養結果判明
血液培養
陽性
Regimen A~Sは表3,4を参照
Regimen ①~⑥は表7を参照
投与終了
効果判定と
その後の経過観察
再評価
・診断
・抗菌薬治療法
・合併症
・外科的治療
改善あり改善なし
初期効果判定
断続・修正

外科的治療
自己弁  Regimen ①~③
エンピリック治療人工弁  Regimen ④~⑥
表7
標的治療
表3,4
連鎖球菌
(緑色連鎖球菌など)
腸球菌
ブドウ球菌
Regimen A~H
Regimen I, J
Regimen K~M
Regimen N~P
Regimen Q~S
自己弁人工弁陰性または
培養結果末
1)抗菌薬は殺菌的抗菌薬を経静脈内投与する.
2)抗菌薬は有効な血中濃度が得られる十分量を,必要期間
投与する.
3)治療は通常長期間となるため,副作用に注意が必要で,
有効かつ安全な抗菌薬療法を行うためTDM を行う(グ
リコペプタイド系薬やアミノグリコシド系薬).
4)院内発症の(または院内で感染したと推定される)場合
にはMRSAやMRSE(methicillin-resistant Staphylococcus
epidermidis メチシリン耐性表皮ブドウ球菌)など耐性菌
を念頭に置く必要がある.
5)人工弁置換術後感染性心内膜炎(PVE, prosthetic valve
endocarditis),特に術後2 ヶ月以内の発症では外科的治
療の必要性を十分考慮しておく.
6)状況に応じて感染症医や心臓外科医,脳外科医と連携し
て迅速な対応がとれるようにしておく.
抗 菌 薬投  与  量期間
(週) 備     考
1)ペニシリンG感受性のStreptococcus[連鎖球菌(Streptococcus viridans,Streptococcus bovis,その他の連鎖球菌)]
[A] ペニシリンG 2,400 万単位(1,200 ~3,000 万単位) を6 回
に分割,または持続投与
4 高齢者や腎機能低下症例
[B] ペニシリンG+
ゲンタマイシン
ペニシリンG:[A]
+ゲンタマイシン60mg or 1mg/kg×2 ~3/日
22
ペニシリンG 2 週間投与については本文参
照.ゲンタマイシンの投与回数については本
文参照.
[C] アンピシリン+
ゲンタマイシン
8 ~12g/日を4 ~6 回に分割,または持続投与
+ゲンタマイシン60mg or 1mg/kg×2 ~3/日
42
[D] セフトリアキソン
±ゲンタマイシン
2 g ×1/日
+ゲンタマイシン60mg or 1mg/kg×2 ~3/日
42
ペニシリン(PC)アレルギーの場合.
セフトリアキソンの代りにセファゾリンまた
はイミペネム/シラスタチンでも可.
[E] バンコマイシン1g ×2/日または15mg/kg×2/日
または25mg/kg/日(loading dose) →20mg/kg/日(維持量)を1 日1 回4 ペニシリンアレルギーの場合.血中濃度:ピーク=25 ~40μg/ml,トラフ=10 ~15μg/ml目安.
2)ペニシリンG低感受性のStreptococcus(連鎖球菌)
F] ペニシリンG+ゲンタマイシン:[B][A]
+ゲンタマイシン60mg or 1mg/kg 2~3/日42 ~4[G] アンピシリン+ゲンタマイシン:
[C]8 ~12 g/日を4 ~6 回に分割,または持続投与+ゲンタマイシン60mg or 1mg/kg×2 ~3/日42 ~4
[H] バンコマイシン:[E][E] 4 ペニシリンアレルギーの場合.3)Enterococcus(腸球菌)[I] アンピシリン
+ゲンタマイシン:[C]8 ~12 g/日を4 ~6 回に分割,または持続投与+ゲンタマイシン60mg or 1mg/kg×2/日6
4 ~6ゲンタマイシンの1 日3 回投与,また6 週間投与については本文参照.[J] バンコマイシン+
ゲンタマイシン:
[E]
+ゲンタマイシン60mg or 1mg/kg×2 ~3/日
4 ~6
4 ~6
ペニシリンアレルギーの場合.
4)Staphylococcus-methicillin sensitive(メチシリン感受性ブドウ球菌)[K] セファゾリン+ゲンタマイシン
2 g ×3 ~4/日+ゲンタマイシン60mg or 1mg/kg×2 ~3/日4 ~61セファゾリンの代りにスルバクタム/アンピ
シリンでもよい.その他イミペネム/シラスタチン2 ~4g/日.[L] バンコマイシン±ゲンタマイシン:[J]
[E]
±ゲンタマイシン60mg or 1mg/kg×2 ~3/日
4 ~6
1
β- ラクタム系薬にアレルギーの場合.バン
コマイシンがセファゾリンより効果が高いと
いうことはない(本文参照).
5)Staphylococcus- -methicillin resistant(メチシリン耐性ブドウ球菌)
[M] バンコマイシン±
アミノグリコシド
系薬
[E]
±アミノグリコシド系薬(e.g. ゲンタマイシン
60mg or 1mg/kg)×2 ~3/日
4 ~6
1
テイコプラニンを用いる場合,バンコマイシ
ンよりさらに半減期が長い(TDM が必要).
アミノグリコシド系薬(アルベカシン含む)
については本文参照.
1 抗菌薬は,単剤投与は行わず2 剤以上を併用で開始する.
2 原因菌として頻度の高い代表的な菌種をカバーする抗菌
薬を選択する.
3 患者背景または発症の要因,臨床経過等を参考に原因菌
を推定し,抗菌薬を選択する.
a. 院内発症か市中発症か
市中発症:Streptococcus viridans >ブドウ球菌>腸球
菌Enterococcus
院内発症: ブドウ球菌(Staphylococcus aureus >
CNS)>Streptococcus viridans
b. 症状の進展は急性か亜急性か(特にStaphylococcus
aureus では急速に悪化しやすい)
c. 推定される感染経路と可能性の高い菌種
•院内ならばカテーテル感染など医療器具に関連し
た血流感染の既往とその原因菌(MRSAやMRSEな
ど)
•手術の既往-消化器(腸球菌)や心臓(ブドウ球菌)
など,また術後経過期間.心臓手術では人工弁使
用の有無など
•抗菌薬投与(特に広域抗菌薬)の有無と投与期間
-菌交代現象(グラム陰性菌や腸球菌,その他の
耐性菌,カンジダなど)
•薬物中毒症例(Staphylococcus aureus が大部分).
4 すでに抗菌薬が(内服,また短期間でも)投与されてい
ればそれに対する反応
5 抗菌薬投与だけでは臨床的改善を期待しにくい病態の存在
弁輪部膿瘍,心筋内膿瘍,塞栓,人工弁置換術後
感染性心内膜炎など
外科的治療の適応について外科医へコンサルト(第
Ⅳ章参照)

Ⅲ 内科的治療 > 1 治療方針

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