感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版)
Guidelines for the Prevention and Treatment of Infective Endocarditis(JCS 2008)
改訂にあたって
感染性心内膜炎は的確な診断の下,適切な治療が奏功しないと多くの合併症を引き起こし,ついには死に至る重篤な疾患である.近年の各種診断法の進歩,次々開発される抗菌薬,外科的治療法の進歩により予後は改善したと思われるが,発生件数は減少したとは言えず,いまだに的確な診断がつけられないまま徒に時を浪費し,重篤な合併症を発症した後に高次医療機関に紹介されるケースが後を絶たない.こういう例を少しでも減らすことがわれわれ循環器医の使命であろう.しかしわれわれ循環器医ですら,いつまでも続く発熱から心不全あるいは急激に発症する脳血管障害にいたるまで,感染性心内膜炎の多様な発症様式に眩惑され,その結果,診断,治療に遅れを取ることもある.またわが国ではハイリスク例に対する小処置前の予防的措置や,あるいは感染性心内膜炎発症例に対して用いるべき抗菌薬およびその量についても統一した見解は示されていない.感染性心内膜炎は多くの場合,何らかの基礎心疾患を有する患者が何らかの原因により菌血症を起こした際に発症する.菌血症を来す原因の多くは歯科治療を含めた小手術である.すなわち発症のきっかけとなる処置は,循環器医の知らない所で行われている可能性が高い.従って感染性心内膜炎の発症を未然に防止し,あるいは重篤化を阻止するためには感染性心内膜炎という疾患が身近なものであること,およびその発症に対する注意を循環器医のみならず歯科医を含めた一般医家に広く喧伝し知悉させることが極めて重要となってくる.以上のような事情に鑑み,感染性心内膜炎の予防と治療に関するわが国独自の方針を制定し広く世間に知らしめることは極めて意義深いことと考えられる.
日本循環器学会では少しでも感染性心内膜炎の発症を減少させ,いったん発症した後もできるだけ効果的な治療法を選択できることを目的に循環器医,小児循環器医,循環器外科医,感染症医からなるガイドライン作成委員による検討を重ね,2003年に「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン」を発表した.このガイドライン作成にあたっては全国の成人および小児の循環器専門施設に対して感染性心内膜炎診療に関するアンケート調査を行い,その結果を加味したガイドラインを作成することができ,一定の評価を得ることができた.
その後,年月が経過し,2004年にはEuropean Society of Cardiologyが感染性心内膜炎に関するガイドラインを発表,また2007年にはAmerican Heart Association が改訂ガイドラインを発表し,さらに治療においてもMRSAに対する新しい薬剤が承認されるなど幾つかの進歩が見られる.このような現状に鑑み今回5年ぶりにガイドラインを改訂することとなった.
感染性心内膜炎を扱う際に最も大切なことは次の5つの点に集約される.それは 1)ハイリスク例に対する適切な予防措置,2)的確な診断,3)有効な抗菌薬の選択,4)合併症の早期発見,5)時宜を得た外科的治療,である.以下の,各章ではこの5点に簡潔かつ必要かつ十分に答えるべくガイドライン作成委員の方々に心を砕いていただいた.本ガイドラインは作成委員の合議の下に作成された後に,さらにこの分野のエキスパートである複数の外部委員の校閲を受けて誕生した.それゆえ現時点での感染性心内膜炎の予防,診断,治療に関するひとつの正しい考え方を示せたものと考えている.このガイドラインが循環器医のみならず歯科医を含めた一般医家の先生方の今後の診療に役立てば幸いである.
付言しておくが,本ガイドラインの根拠となったエビデンスの多くはわが国のものではなく,医療供給体制や人的・物的資源の異なる国や地域を前提とするものである.また,診断・治療方針は,患者の状況や個々の医療機関の置かれた状況,診療にあたる医師の経験等によっても大きく異なってくる.従って,本ガイドラインは一つの診療指針ではあるが,裁判基準になるようなものではなく,本ガイドラインに反した診療を行っているからといってそれが,直ちに非難されるべきものではないことは当然のことながら申し述べておくので,本ガイドラインの利用にあたっては留意されたい.
ガイドライン中に出てくる抗菌薬
一般名略語
アジスロマイシンAZM Azithromycin
アムホテリシンB AMPH-B Amphotericin-B
アモキシシリンAMPC Amoxicillin
アルベカシンABK Arbekacin
アンピシリンABPC Ampicillin
イミペネム/シラスタチンIPM/CS Imipenem/cilastatin
クラリスロマイシンCAM Clarithromycin
クリンダマイシンCLDM Clindamycin
ゲンタマイシンGM Gentamicin
スルバクタム/アンピシリンSBT/ABPC Sulbactam/ampicillin
スルバクタム/セフォペラゾンSBT/CPZ Sulbactam/cefoperazone
セファゾリンCEZ Cefazolin
セファドロキシルCDX Cefadroxil
セファレキシンCEX Cefalexin
セフジトレンCDTR Cefditoren
セフトリアキソンCTRX Ceftriaxone
テイコプラニンTEIC Teicoplanin
バンコマイシンVCM Vancomycin
ペニシリンG PCG Penicillin G
リファンピシンRFP Rifampicin
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